北部高原地区

フィンカル Fincal

タスマニア百景トップ


2008年3月21日(金)
フィンカル Fincal
グレートウェスターンティアーズ Great Western Tiers
タスマニア Tasmania
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パープルポッサム食料品店(Purple Possum Wholefoods)
穀物、ナッツ類、乾燥フルーツ、はちみつ。オリーブ、健康書品などを扱っています。

デロレインで1号線バスハイウェイ(Bass Highway)を下りB12号線で
東のクレードルマウンテンを目指します。
クレードルマウンテンは、タスマニアの中でも一番の観光地なので、B12号線沿いには、観光客がたくさん立ち寄ります。

 ミルクバー Milk Bar
豪州の町中でよく見かけるお店です。
1900年代の中頃から流行りだしたお店です。
毎日、牛乳や新聞を受け取りに行く場所でした。
その後、食料品やアイスクリーム、飲み物(ソフトドリンク、ミルクシェーキ)、お菓子類なども扱うようになり、田舎の場合では、何でも屋さんも兼ねています。
一般には、酒類は、販売してなく低学年の子供たちのたまり場です。
都会では、ファーストフードショップや近代的なショッピングセンター、コンビニエンスストアーなどに押されて、段々と少なくなってきていますが、田舎ではまだ健在です。

1934年にイギリスで初めてミルクバーの名称が使われて初めて、
英国全土、アメリカ、豪州などに広まっています。

 郵便局 Fiscal Post Office
この地区は、人口数百人の小さな町ですが、立派な郵便局があります。

タスマニアと豪州本土との間にあるバス海峡は、海の難所として有名です。最初にこの海峡を探索したのはマシューフリンダース船長です。
1798年のことですが、スループ型帆船Norfolk号でタスマニアを1周しています。
親友で船医のジョージバス(George Bass)の名前を取ってバス海峡(Bass Strait)と名付けました。

フリンダース船長の名前は、フリンダース島、メルボルンのフリンダース通り、フリンダース駅などに残っています。

バス海峡には、キングアイランド、フリンダースアイランドなど大小52の島があります。

タスマニアは、約1万年前の氷河期に豪州本土から分かれていますが、バス海峡に面した両側の地域でつながっていました。

  タスマニアの発見は、1642年11月24日のオランダ人探検家アベルタスマン船長にまで遡ります。
その後、1777年のジェームズクック船長などの探検家がタスマニアを調査しています。
また1787年にはシドニーへ最初の囚人移民団の移住も始りました。しかしそれでもタスマニアは豪州本土の一部として認識されており島であることは知られていませんでした。
ヨーロッパからの船は南アフリカの喜望峰を経由して豪州を目指す際に、強い偏西風によって自然に南へ吹き流されてタスマニアの南側ホバート方面に到着してしまうためです。

海峡の存在に最初に気がついたのは、1797年にバス海峡のPreservation 島沖で難破した英国船シドニーコーブ(Sydney Cove)のハミルトン船長(Gavin Hamilton )です。
ハミルトン船長は、難破後、シドニーへ到着して西からくる激しい風と波によって海峡が存在すると報告しています。

 グレートウェスターンティアーズ Great Western Tiersは、北部タスマニアを東西に結ぶ地域の総称です。
東は、ロンセストンから西は、クレードルマウンテンに至る約100kmの道路沿いに大小20ほどの町や村が含まれています。
アボリジニの聖地であった場所も多く、格別の印象を受ける地域です。


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